相続に「信託」という選択肢

 ご自身の財産をご自身の意思で何方かに遺そうとする場合、真っ先に考えられる方法は「遺言」です。

 万一ご自身が亡くなられた際、遺産分割において親族間で争いが生じないようにするためにも遺言を遺されておくことは極めて有用です。

 

 民法に定められている遺言の方式には幾つかあり、通常利用されるのは”自筆証書遺言(民法968条)”公正証書遺言(民法969条)ですが、自筆証書遺言は様式に不備があった場合に無効となる恐れがあったり、実際に相続が生じた際も開封に家庭裁判所の検認手続が必要(民法1004条)になる等、後々の不安や面倒も多いことから、ここ数年は公正証書遺言を利用する方がかなり増えています。

 当事務所でも生前の相続対策で相談に来られた方には公正証書遺言の作成を必要に応じてお奨めしていますし、実際に遺言書を作成してもらう公証役場との交渉・調整等をお手伝いさせていただくことがしばしばあります。

 

 ただ公正証書遺言にも①作成に手数料がかかる、②2人以上の証人の立会いが必要になるなど幾つかデメリットがあり、またそもそも遺言の限界として、ご自身の財産を(一次的に)相続・承継する者は指定できても、その財産を次(二次的)に相続・承継する者までは指定することができないという問題があります。

 例えば、「万一自分が亡くなった際は、全財産を妻に相続させる。但し、その後に妻が亡くなった場合はそれを子供達にこんな風に相続させたい。」と考える方は結構おられますが、この場合、ご自身の全財産を奥様に相続させることは遺言で指定できても、その次の相続まではご自身の遺言では指定できないのです。

 

 このような問題を解消する一つの方法として、最近「信託」が非常に注目を集めています。”遺言代用信託”や”受益者連動型信託”等といわれているものがその代表例ですが、これらを利用する方が昨今急速に増えています。

 

 そもそも信託は、”委託者”(財産保有者)が契約等によって他の信頼できる者(”受託者”)に財産を移転し、受託者は委託者が設定した目的に従って”受益者”のためにその財産の管理・処分等を行うことをいいます。

 従来、この仕組みは法律によって主に信託銀行等の信託業者しか扱うことができませんでした(商事信託)が、平成19年の信託法改正により営利を目的としない信託(民亊信託)が可能となり、個人の財産管理や相続の手段としても容易に活用できるようになりました。

 

 この仕組みを使えば、前述したようなケースでもご自身が委託者となって当初(生前)受益者はご自身を設定しておき、ご自身に万一の事が生じた場合は受益者を奥様に、更に奥様に万一の事が生じた場合は受益者をお子様方に個々に設定しておくことで、次世代以降の財産分与までご自身の意思で実現できるというわけです。

 この他にも、ご自身の財産を受託者に纏めて託し、お身体や精神状態が健康なうちはご自身の生活費として毎月定額を受け取れるようにしておき、入院・介護等が必要になった際はその費用負担としてお子様(看護者・介護者)に毎月定額が支払われ、万一亡くなられた場合はお子様に残額が纏めて支払われるといった具合に、受益者だけでなく財産の受け取り方も自由に設定できます。

 

 勿論、内容によっては信託報酬等の費用がかかったり、委託者≠受益者となった時点で相続税や贈与税が課税されることにはなりますが、遺言や成年後見では実現できなかったことが可能になるという点で、信託はこれからの相続対策の重要な選択肢の一つになり得ると思います。

 特に財産が預貯金等の金融資産の場合、通常は名義人が亡くなられると一旦口座は凍結されて、相続人が確定するまで自由に引き出すことができなくなりますが、信託を使えば当該財産は契約時点で受託者に移転していますので、委託者が亡くなられても口座が凍結されることはなく、指定された受益者であれば即時に受け取ることができるというのも遺族にとっては大きなメリットと言えるでしょう。

 

 皆様も相続対策の選択肢として「信託」を一度検討されてみてはいかがでしょうか。