前回まで、「法定相続人」に始まって、「相続税が課税される(されない)財産」やその財産から控除できる「債務控除」にはどのようなものがあり、そして各財産をどのように(幾らで)評価するのかといった「相続財産の評価方法」について解説してきました。
ここまで概ね理解していただければ、各相続人が取得した財産の”課税価格”とそれらを合算した”課税価格の合計額”、またそこから”基礎控除額”を差し引いた”課税遺産総額”まで算定できます。
この課税遺産総額が相続税の課税対象(課税標準)になります。
課税遺産総額 = 課税価格の合計額 - 基礎控除額( 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 )
ところで、この相続人毎の課税価格がマイナス、つまり相続により取得した財産の価格よりも債務等の方が多くなる(又はその可能性がある)場合、そのままマイナスの財産をすべて相続しなければならないかというと必ずしもそうではありません。
相続等によって相続人が著しく不利な状況に陥ることを擁護するために、民法では相続人に”相続開始があったことを知った日から3か月以内”に相続するかしないかの意思表示をするよう定めています(民法915条)。
その意思表示の方法には、次の3種類があります。
(1)単純承認
”単純承認”とは、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産をすべて承継すること(民法920条)をいい、相続財産がプラスになる場合は通常この方法によります。
この場合、意思表示の手続は特に何も行う必要がありません(民法921条2項)。
(2)限定承認
”限定承認”とは、被相続人のプラスの財産の範囲内でマイナスの財産も承継すること(民法922条)をいい、被相続人の財産・債務が明らかでないために相続財産がマイナスになるかどうか分からない場合にはこの方法によることがあります。
但し、この場合、相続人が数人いるときは、上記期間内に相続人全員が共同して被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に限定承認する旨を申述しなければなりません(民法923条・924条)。
また限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者(相続財産に属する債務の債権者)及び受遺者に対して限定承認をしたこと及び一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を官報で公告(もしくは各別に催告)しなければなりません(民法927条)。
(3)相続放棄
”相続放棄”とは、被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も承継しないことをいい、相続財産が明らかにマイナスである場合はこの方法によることになります。
この場合は、上記期間内に相続を放棄しようとする者が被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所にその旨を申述しなければなりません(民法938条)。
尚、相続放棄者は、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされるため(民法939条)、”法定相続人の数”には含まれますが、”みなし相続財産(生命保険金等)の非課税”や”債務控除”の適用はありませんのでご注意下さい。
いずれにしても、相続人は相続開始があったことを知った日から3か月以内に相続するかしないかの判断を行う必要がありますので、実務上は相続開始後3か月以内に一旦被相続人の財産・債務の状況を概算で調査・把握しておかなければなりません。
相続開始直後は遺族(相続人)の方も各種行政手続や法要などに追われてしまい、実際この3か月という期間は想像しているよりもかなり短いものです。
そのためにも、生前何かの機会にご自身の財産・債務の状況を整理されて、万一の場合の事を一度はご家族で話し合われておくことをお勧めします。